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11月, 2023の投稿を表示しています

手に豆をつくる仕事

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メタセコイヤ 紅葉してきた ユリノキの葉と花 ふと思い出した. 15年以上も前の事.  私は専業主婦で子供は小学生だった. テレビで特集番組をやっていた. 3回に組まれた番組で2回目からみていた. タイトルは『ワーキング・プア』. 番組では我が子と同じ年の子が, 日中働き,一度帰宅し食事等の準備をしてから夜働きに出かける母親に行かないで,と泣いてぐずっていた. 母親の年齢は私よりずいぶんと若かった. 私は30歳半ばに初出産だったから.  そのころの私は, 不満だらけの日々だった. 特に夫に不満が強く,ずっとワンオペ育児だったし, 突然出張が入ったり,夕ご飯を食べるといって食べなかったり. お互いに意思の疎通がうまくいってないことが不満の大部分だった. 今思えば,若かったな…ですむ話だけれど, そのころ心にそんな余裕はなかった. 余裕がない原因は夫以外にも私自身の問題ももちろんあった. 子供が少し大きくなって手がそれほどかからなくなった. そろそろ仕事をしようか,とも思っていたころだった. 泣いてぐずっている子どもをみると,本当にいたたまれなくなり,さぞお母さんは辛いだろう,と感情移入してしまった. 離婚して一人で頑張っている母親は他人事ではなかったし何より,日頃の私の不満が恥ずかしかった. そのお母さんに心の中で盛大に声援を送った. 3回目では1回目で取材を受けた青年が再度登場していた. 彼は30代前半で路上生活者だった. 1回目の取材では,彼の一日はコンビニ等のごみ箱からキレイな雑誌や漫画本を探しそれを現金にする. そのお金でカップ麺を買って食べるという過ごし方だった. 別に辛いとも悲しいとも何も感じない,といった内容を話していた記憶がある. 抑揚のない話し方だった. 3回目では彼は仲間たちと公園や歩道脇の除草作業をしていた.行政からの仕事だった. 1か月に2週間ほど. 歩いてる人から,ありがとうやきれいになったわね, と言われるととてもうれしいと言う彼の話し方は抑揚があった. 一日おきにお風呂に入りに行き,帰りは食堂でご飯を食べる. だけど,帰るところはガード下の段ボールの家.  いつかきちんと家に住めるようになったら, 居場所のわからない母親を探して会いに行きたい. 産んでくれてありがとう,と伝えたい,といった彼は取材してから初めて涙を流したそうだ. ...

地球システム

 今年のカレンダーは今月を入れて残すところあと2枚. おそらく全国的に,あるいは世界的に同じ様子だと思う. が,何だろう,今日(11/3)の気温. 真南のこの部屋では26℃になった. 午前中に買い物とウォーキングに出かけたが,汗だくになった. 本当に11月なのか?  12人の月の精たちは11月担当の精を起こし忘れていないか?この時分は日中でも薄手のダウンジャケットを着たり,マフラーや手袋,ニット帽を身に着けていた. 今日は半袖の人も多かった. 現実に朝晩は冷え込み,暖房は必要. だけど日中のこの暑さは初秋ごろの陽気ではないだろうか. 季節感,というより季節の感覚が変わってきたのか. 今年の夏は異常な暑さだった,ではなくてこれから先も同じような状態になる. だらだらと夏が続き, 気が付くと真冬になっていて,春が駆け足で通り過ぎ,梅雨と夏が居座り続ける. 私には過酷な環境だ. 寒い地方への移住を検討しないとならないかもしれない. 今年の4月から家に居ながらにして授業を受けられるという,贅沢な講義を受けている.とりあえず1年申し込んだ.講義はほとんど前期,後期の半年で単位を取得できる. 仕事をしているし,集中力も心もとない状態なのでまず,2科目を申し込んだ. 前期めでたく合格し,後期また新たに2科目受けている. 申し込んだきっかけは,植物が大好きなので,その生態系を学問的に勉強したい,と思ったから. ちょうど思い描いていた項目があった. 内容を見てみると,項目の内容がさっぱりわからない. 想像しようにも本当に全く. これではだめだ,とランクを落とし,落とし,落としてやっと基盤科目,つまり高校卒業程度で,専門知識は不要というレベルにいきついた. 高校レベルの知識が私にあるのか,ということは置いといて. 文系で高校時代は理系,文系の選択がなかった変わった高校だったので,一応数3や物理,生物,科学等の授業は受けたがちんぷんかんぷんで,特に物理ははっきりお休み(お昼寝)タイムだった. 大学でも一般教養でなんか勉強した程度の記憶だ. そんな私が今回受けた講義は『自然科学』. 怖いもの知らず. 生物学,物理,化学,数学ともう一生お目にかかることはないだろうと思っていた,いや,存在を意識さえしていなかった学問と向き合うことになってしまった還暦の私. PC画面から拝見す...